
薬局生き残りのヒントは
高齢化が進む日本の国民医療費は43.6兆円、薬局調剤医療費は7.7兆円を超えました。院外の薬局で調剤を受けた割合を表す「処方箋受取率」はじつに70%を超え、医薬分業は確実に進んでいるように見えます。ところがその多くが、医療機関の近隣に位置するいわゆる門前薬局で調剤を受けているケースと言われています。これでは「医師と薬剤師がそれぞれの専門性を発揮し、薬局が服薬情報を一元管理する」という医薬分業のあるべき姿とは言えません。そこで厚生労働省は、“患者さんのためのかかりつけ薬剤師”としてのあり方を「患者のための薬局ビジョン」に示しました。近年の調剤報酬改定の根っこはこの薬局ビジョンにあり、“患者さんのためのかかりつけ薬局”を目指すことこそ、薬局生き残りのヒントとなります。今回は、大型チェーン薬局の台頭にも負けない薬局経営のヒントを探ります。
目次
1 薬局生き残りのヒント1~門前薬局経営から地域薬局の時代へ~
「患者のための薬局ビジョン」の具体的な内容の説明をする前に、まずは厚生労働省がそれを打ち出すことになった背景を説明していきましょう。
今、大型病院の近隣に構える“門前薬局”には変化の波が迫っています。門前薬局に務める薬剤師の役割は、医薬品のスペシャリストとして医師の処方をダブルチェックすることでした。病院で診療を受けた後、スムーズに薬を受け取りたい患者さんの需要を充してきたのが門前薬局です。ところが、「患者のための薬局ビジョン」は薬局の門前から地域への立地を促しています。高齢者や車いすを利用する患者さんにとって利便性にかけるという欠点が指摘されるようになったことが、その理由のひとつ。
「病院で診療を受けるまでもないけど、近場で相談にのってもらえたら」
このような患者さんにとっては、地方の調剤薬局が頼りです。「患者のための薬局ビジョン」や近年の調剤報酬改定が、そのような患者さん目線に立った内容になっていることがわかります。
また、団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となる2025年以降は、とりわけ在宅医療のニーズが増加します。こうした背景から、これまで調剤を行うことを主要業務としてきた薬局に一石を投じたのが、薬機法改正です。医薬品の適正使用に必要な「情報の提供および薬学的知見に基づく指導の業務」が追加され、2021年8月には、患者さんが自身に適した薬局を選択できるように、「地域連携薬局」と「専門医療機関連携薬局」がスタートします。これにより、薬局に求められる役割は大きく変わろうとしています。地域連携薬局ではかかりつけ薬剤師・薬局機能や健康サポート機能が、専門医療機関連携薬局では高度薬学管理機能が、それぞれ求められるようになります。
抗がん剤投与の患者さんに対する副作用対策の説明や、支持療法に係る薬についての服薬指導など、医薬品や薬物治療の高度化により、調剤薬局にも高度薬学管理機能を有することが求められています。がんやHIVのような疾患をもつ患者さんに対して、副作用や併用薬を考慮したケアを行っていかなければなりません。高度薬学管理機能を実現するには、学会が提供する専門薬剤師の認定などを受けた高度な知識・技術と臨床経験を有する薬剤師の配置や、専門医療機関との間で治療薬や個別症例などに関する勉強会・研修会の共同開催などを継続的に実施する必要があります。
2020年4月から導入されたオンライン服薬指導の影響も見逃せません。患者さんにとっては自宅にいながら薬局とコンタクトが取れる環境が整いつつあると言えます。このような流れの中で、立地依存の薬局経営は今後、苦境に立たされることが予想されます。門前薬局には、次のようなリスクも挙げられます。
- ・病院自体の患者数減少
- ・賃料の高さ
- ・集中率が高くなることで調剤基本料2(26点)の対象になる
これからは昔からある地域の薬局、あるいは住宅街の中に位置するなど、より患者さんの暮らしに近い薬局に勝機がやってくると言えます。
2 薬局生き残りのヒント2~健康相談ステーションへの期待~
厚生労働省が打ち出した「患者のための薬局ビジョン」は、「健康サポート機能」「高度薬学管理機能」「服薬情報の一元的・継続的把握」「24時間対応・在宅対応」「医療機関等との連携」という5つの項目から成ります。
出典:厚生労働省「患者のための薬局ビジョン」概要をもとに一部改変
まず刮目すべきは健康サポート薬局に代表される、身近な健康ステーションとしての役割です。前述の高齢者や車いすの患者さんなどの利便性を考慮すると、これらの機能を要する薬局の需要は今後ますます高まるでしょう。健康相談の取り組み方はさまざまです。患者さんの健康情報をわかりやすくまとめた冊子を作るのもいいですし、よくある相談内容と解決策をポスターにして院内に掲示するのもいいでしょう。また処方箋を求めて、定期的に患者さんがやってくる薬局には、対面販売の場としての側面もあります。市販薬や健康食品といった医薬品以外の物販に力を入れることで、利益を上げている中小規模の調剤薬局も散見されます。
また、調剤業務のかたわら、サービスとして介護の相談を受ける薬局も増えています。薬剤師や事務スタッフがケアマネージャーの資格を取得することで、患者さんの介護についての不安にも適切な回答を提示することができます。生活や介護について不安を抱えていても相談の窓口がわからず、介護認定すら受けられない患者さんも訪れるそうです。介護認定の受け方や利用の仕方、近隣の介護業者など他職種と連携し、さらに専門的な見地から的確なアドバイスを提供する薬局もあります。
3 薬局生き残りのヒント3~避けては通れない在宅~
日本は急激な高齢化がひと段落するのに比例して、処方箋の伸び率は鈍化する(2019年12月の調剤医療費は6,848億円。前年同期比は+4.3%)傾向にあります。一方で、居宅療養管理指導は右肩上がりに伸びています(下図参照)。
出典:厚生労働省「居宅療養管理指導」をもとに一部改変
居宅療養管理指導とは、要支援や要介護と認定され、通院が困難な方を対象としたサービスです。利用者の自宅に医師や看護師、薬剤師、歯科衛生士、管理栄養士などの専門職が訪問し、療養上の指導や健康管理、アドバイスなどを行い、自宅でも安心して過ごしてもらうことを目的としています。薬局が今後取り入れていくべき業務の中でも、例えば、ケアプランは2回まで、効果の確認と服薬のチェックは週1回、介護付き有料老人ホームとの連携を積極的に行うなど、薬局スタッフ間で方針を共有しながら、導入していくと良いでしょう。
また、2020年12月に行われた介護報酬改定に向けた介護給付費分科会では、以下の5つの柱が挙げられています。
- 1. 感染症や災害への対応力強化
- 2. 地域包括ケアシステムの推進
- 3. 自立支援・重症化防止の取組の推進
- 4. 介護人材の確保・介護現場の革新
- 5. 制度の安定性・持続可能性の確保
これらの観点から、居託療養管理指導にも変更が行われる見込みです。具体的には、2に含まれる「医療と介護の連携の推進」や4に含まれる「テクノロジーの活用や人員基準・運営基準の緩和を通じた業務効率化・業務負担軽減の推進」、5に含まれる「評価の適正化・重点化」が、居託療養管理指導の要点の変更に影響してくると見られています。
2021年4月以降に改定が予定されている介護報酬改定の動きにも注目です。
居宅療養管理指導を行ういくつかの職種のなかでも、薬局に務める薬剤師への給付費の伸び率が高いことがわかります(下図参照)。
出典:厚生労働省「居宅療養管理指導」をもとに一部改変
居宅での薬学管理や在宅訪問の機能を備えることは、年齢を重ねて病院や薬局に通えなくなる高齢者などのニーズに直結します。
近年の調剤報酬改定によって、在宅訪問に関する調剤報酬加算が強化されている点も見逃せません。在宅患者にまつわる加算だけでも多岐にわたります。24時間対応や在宅医療の推進を促す「かかりつけ薬局・薬剤師制度」や、薬剤師の調剤業務の負荷を減らすことを目的とした「薬剤師法改正」が示すように、これからの薬局には服薬フォローや地域支援体制の強化が求められます。調剤業務自動化の流れを、単なる効率化や薬剤師の雇用コストを削減する手段として捉えていると、患者さんのニーズを見逃すことにつながります。その結果、患者さんの「薬局に来る」意義を薄れさせ、却って来店数減にもなりかねません。
4 「患者のための薬局ビジョン」に沿った地道な取り組みが生存への道
薬局経営には、調剤報酬改定をはじめとする制度改正や、近隣のライバル店との差別化、地域性などさまざまな要素を考慮した戦略が求められます。そういった意味で、薬局経営に明確な答えはなく、経営判断に苦慮するケースも少なくありません。今回ご紹介した「患者のための薬局ビジョン」は、そんな答えのない道を照らしてくれる指標となり得るのではないでしょうか。今回取り上げた「地域連携薬局」や「専門医療機関連携薬局」、また、今後の調剤薬局の道筋として国が示しているかかりつけ薬局や健康サポート薬局としての機能を強化していくことがより重要になることはどの薬局にも共通して言えることでしょう。薬局に集客し調剤業務で利益をあげる経営から、地域医療に貢献する経営にシフトするには、薬局での調剤業務と同時に在宅訪問や健康サポート業務を進めなければいけません。業務の効率化は恒久的な課題となることが想定されるので、メディカルシステムネットワークが運営する「医薬品ネットワーク」など業務効率を改善するツールを積極的に利用するのも効果的です。地域の調剤薬局は今後、業務効率を高めながら、集客できる立地や規模の経済にとらわれない薬局経営を目指すことが大切です。
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