LINEがもたらす
薬局のデジタルシフト
「患者起点の情報サービスで薬局業界のインフラを作りたい」
「ちかくにいる。ちからになる。」第4回
LINEがもたらす
薬局のデジタルシフト
「患者起点の情報サービスで薬局業界のインフラを作りたい」
「ちかくにいる。ちからになる。」第4回
株式会社ファーマシフト
株式会社ファーマシフト
代表取締役社長多湖健太郎
「ちかくにいる。ちからになる。」
この連載は、”患者の方々や地域、さらには医療人を、いちばんちかくで支えるちからになりたい。”という想いから始まった企画です。地域医療の未来を創るさまざまな人物が、それぞれの役割や視点から想いを語っていきます。
第4回目は、2020年10月に(株)メディカルシステムネットワークと(株)オプトとの間で設立された合弁会社(株)ファーマシフトの代表取締役社長、多湖健太郎氏です。
新たに手掛ける「あなたのかかりつけ薬局」事業、薬局業界におけるデジタルシフト、薬局のその先にいる患者さんへのサービス提供のあるべき姿などをお話いただきました。
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予想外の展開から、新会社設立へ
(株)メディカルシステムネットワークは、デジタルマーケティングを軸とした事業を手がける(株)オプトと合弁会社設立のための合弁契約を締結し、2020年10月1日に(株)ファーマシフトを設立した。同社ではコミュニケーションアプリ「LINE」を活用し、まったく新しい「患者起点」のサービスを提供していく。
新会社ファーマシフトの提供するサービス概要を教えてください。
新会社設立の背景を教えてください。
- 多湖 氏:
- オプトさんとの出会いは2019年12月のことです。薬局の店頭で行うサイネージ広告に関して面談の機会をいただいたのですが、その際に執行役員の吉田孝仁が「デジタルシフトをやっておられてLINEさんとも距離が近いのであれば、もっと社会のために、国民のためになることをやりませんか?」と、オプトさんに熱く語りかけたことから話が急展開しました。では、具体的にどんな事業をすれば役に立てるだろうか、という議論が始まり、事業の方向性が定まって新会社設立に至りました。ちなみに吉田は現在、(株)ファーマシフトの副社長に就任しています。
(株)メディカルシステムネットワークの社内では、以前からLINEを使った事業を検討していたのですか?
- 多湖 氏:
- 色々検討はしていましたが、アイデアが固まっていたわけではありません。吉田は現場できちんと患者さんの役に立ち、薬剤師が能力を発揮するためになにが出来るか、という観点でものを考えていて、例えば電子お薬手帳が乱立している一方で普及がなかなか進まないという現状に問題意識を常々持っていたようです。私の方は、薬局経営支援サービスの「医薬品ネットワーク」事業が拡大するなかで、我々の直接のお客様というのは薬局ですけども、その先にいらっしゃる患者さんとの接点に対して何かサービス提供できないかと考え続けていました。それとネットワークをさらに広げるためには薬局のデジタル化が鍵になると考えて、きっかけを探していました。そこにオプトさんが現れた、という感じです。
今年の3月から事業が本格稼働。展開の早さに驚かされます。
- 多湖 氏:
- そうですね。短期間でプロダクトをきちんと作り上げるオプトさんの開発スピードはいい意味でとんでもないと思いますし、それは間違いなく、ひとつの大きなエンジンになっています。また、世の中の流れとして2020年9月の薬機法改正により、患者さんの服用期間中に薬剤師がフォローアップすることが義務付けられ、オンライン服薬指導も始まりました。その動きに合わせて我々も最大限のスピードで頑張っています。
事業の収益構造はどうなるのですか?
- 多湖 氏:
- 患者さん、利用者の方々からはお金はいただきません。薬局から毎月利用料をいただく事業モデルになっています。今は、電子お薬手帳やオンライン服薬指導、服薬期間中フォローについても色々なサービスが出てきていて、その一つひとつに月額料金が設定されているものが多いのですが、我々のサービスは基本的に「必要なものは全部この中にある」という形です。電子お薬手帳、オンライン服薬指導、2022年の夏に始まるとされる電子処方箋にも対応していくのでトータルでカバーできますし、競争力のある価格をご提供できると思います。
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期待される業務効率化と患者対応の強化
国内で約8,600万人が利用している人気アプリ「LINE」。「あなたのかかりつけ薬局」のサービスを活用することで、処方箋の受け渡し、服薬期間中のフォローアップ、お薬・健康相談など、薬局の業務はどのように変化するのだろうか。
「あなたのかかりつけ薬局」では、処方箋送信機能や健康・お薬相談、服薬期間中のフォローアップなどができるそうですね。薬局の作業はどのようになるのですか?
- 多湖 氏:
- まず、薬局の店頭に処方箋を持ってこられた患者さんに、薬局の方が「「あなたのかかりつけ薬局」の友だち登録をしていただけませんか?」とおすすめするところから始まります。登録していただける場合は、患者さんが待合室でお薬を待っている間にQRコードを読み込んで友だち登録をし、LINE上で問診に答えて、服薬指導をして薬をお渡しする、という流れです。その間に薬局が持っている患者さんの情報とLINEのIDをつなげる作業をします。それが完了すれば、次回からは患者さんがスマホで処方箋の写真を撮って薬局に送ることができるようになりますし、薬を受け取る度に薬の情報がLINE上に蓄積されていきます。また相談事があれば、チャット機能で薬局とメッセージのやりとりもできます。
服薬期間中、患者さんのフォローアップを薬局はどのように対応するのですか?
- 多湖 氏:
- シンプルなチャットのやり取りとして、薬剤師が都度文章を考えて送るスタイルです。固定文言で自動送信にするやり方もあるのですが、我々はその部分こそが対人業務であり、価値だと考えているので、非効率でもその都度文章を書く方が良いと考えています。
個々に文章を考えて送る形でも、薬局の負担は減りますか?
- 多湖 氏:
- 負担はかなり減ると思います。今は薬剤師が患者さんの家に何度電話してもつながらないことが多く、薬をお渡しする時に「お電話したいんですが、何曜日の何時なら都合が良いですか?」とわざわざ聞くことになっています。でもLINEなら、薬局から営業時間中にメッセージを送っておけば、患者さんは好きなタイミングで返信できます。また「特に問題がなければお返事は結構です」という送り方もできますから、非常に柔軟性が高いと思います。事前に系列の薬局10店舗で行った実証実験では薬局が10:00にメッセージを送り、患者さんから23:00に返信があった例がありました。とても自然な流れだと思います。
健康・お薬相談も、患者さんが薬局にLINEで気になることを送る形ですか?
- 多湖 氏:
- そうです。服薬期間中のフォローと同じ形です。実証実験で実際に患者さんと薬局がやり取りした画面を確認すると、患者さんから「むくみがあるのですが、薬の副作用でしょうか?」とか、「子どもに初めて錠剤を飲ませるのですが、うまく飲めません」というような問い合わせをいただいていました。
日頃から患者さんはそういう不安を抱えていたということですね。
- 多湖 氏:
- はい。対人業務が増えることへの不安を感じている薬局の方々も多く、何からやれば良いかわからないという声も聞きますが、薬局から患者の方々に連絡を取ることが最初の一歩ではないでしょうか。その際に、LINEは他のツールと比べて圧倒的に患者さん側のハードルが低いはずなので、非常に入り易いと思います。
確かにLINEだと抵抗感が少なそうです。
- 多湖 氏:
- 私自身も患者さんと薬局がLINEでつながるって凄いことだと思います。距離感が全然違いますよね。患者さんが公式アカウントを友だち登録する時は、「時々お得な情報が届くかも。不要なら削除すればいい」ぐらいの感覚だと思うんです。でも実際に薬剤師から名前入りで自分宛のメッセージが届いたら、「あっ、こういうものなんだ!」と驚かれるのではないでしょうか。そして「あの薬剤師さんは、私のことを心配してくれる人だったんだ」と感じられるかもしれない。そうなれば信頼関係や距離感が劇的に変わるでしょうから、次に薬局に行って専門的なアドバイスを受けたときに耳に届くようになる。あるいは、今まで聞きにくかった質問ができるようになるかもしれません。それがまさにかかりつけ薬局の役割だと思います。薬局にとっては、対人業務をいかに強みにするかが大切ですから、そこを最大限にサポートしたいと思います。
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薬局も患者さんもストレスを軽減できるサービス
事業展開に先駆けた実証実験では、「あなたのかかりつけ薬局」のサービスに対して薬局、患者さんの両者から高い評価が得られたそうだ。LINEの浸透度の高さ、また情報共有の簡単さなどから、想像以上にスムーズに受け入れられたという。
高齢者はあまりLINEを使わないイメージがあります。「あなたのかかりつけ薬局」の利用者層はどのように想定されていますか?
- 多湖 氏:
- あらゆる年代の患者さんとそのご家族に使っていただきたいと思っていますが、確かに高齢者はLINE利用率が低くなりますね。しかし、メディカルシステムネットワークが展開する「なの花薬局」10 店舗で行った実証実験では、70代、80代の友だち登録が意外と多く、お子さん、お孫さんとのやり取りに普段からLINEを使っている方も相当数いらっしゃることがわかりました。
高齢者以外では、お母さんが友だち登録をして、お子さんたちの薬の履歴をまとめて管理するというパターンも多かったです。逆に、高齢の親御さんを持つお子さん、つまり私ぐらいの世代の方が友だち登録をして、親の病気や健康の相談をするケースもありました。このサービスが家族同士の「見守り」という感覚でさらに広がり、役立てば良いなと思っています。
例えば、私の両親は愛知県に住んでいますが、私は北海道にいるので、健康なのかどうなのか正直分からない。そういう時に我々のサービスがほどよい距離感でご家族に付き添えるのではないでしょうか。親が愛知県で病院に行って薬をもらう。その情報を北海道にいる私が見て、不安があれば薬剤師に相談する。そんな風に「距離を超えた見守り」の可能性を考えていきたいですね。
遠く離れて暮らすご家族にも安心ですね。実証実験では、どれくらいの方に友だち登録をしていただけたのですか?
それはすごいですね。予想を上回った要因は何でしょうか?
薬局からの反応はいかがでしたか?
- 多湖 氏:
- 非常に良かったですね。最近はコロナ禍ということもあり、待合室にいる時間をできるだけ短くするために、処方箋を持って来た方が、薬の準備ができるまで外に出るケースが増えています。その方達に「お薬をご用意できました」とLINEでお知らせすれば、お互いに時間を効率良く使えます。そのあたりが高い評価につながったのでは、と感じています。処方箋送信機能は一般的な電子お薬手帳と大きな差はないのですが、患者さんに利用いただく実績が各店舗とも電子お薬手帳の3~4倍に増加していることが分かりました。手軽に使えるので、門前以外の処方箋を送っていただく機会が増えているようです。
また、問診表の手書き文字を判別するストレスから解放されたという声もありました。通常の業務では、薬局の方が患者さんが書いた名前や住所を転記する必要がありますが、「あなたのかかりつけ薬局」では、患者さんがスマホで回答した結果を画面で確認するので読みやすいのです。
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生活と医療の垣根を取り払いたい
スマホユーザーであれば日々当たり前に行っている、メッセージのやりとりや情報の共有が、医療の現場では不可とされることが多い。「あなたのかかりつけ薬局」がもたらすものは、その慣習を大きく変え、地域医療のネットワークを構築するためのインフラになる可能性をも秘めている。
「あなたのかかりつけ薬局」の本格的な導入はいつ頃ですか?
- 多湖 氏:
- 2021年3月になの花薬局と、先行導入企業である薬局750店舗への導入が始まります。それと並行して、メディカルシステムネットワークが運営する「医薬品ネットワーク」の加盟店向けや一般の薬局向けに本格的な営業が始まります。公式アカウントの普及については、当面は薬局の店頭で患者さんにお勧めしていきます。
サービスを利用する薬局はどのくらいの数を見込んでいますか?
- 多湖 氏:
- 薬局の件数としては、今年(2021年)の年末で2,000件、再来年(2023年)末で15,000件という目標を掲げています。サービス開始3年弱で全国の薬局60,000件の4分の1のシェアを取ろうという大変な目標ですけども、LINEのユーザーが8,600万人いることを考えると、やはり、そのくらいの数字を目指したいですね。数を確保することによって薬局業界のインフラになれるでしょうし、そこに患者さんの情報が蓄積されることで、他の医療職の方々にも薬局の価値を伝えやすくなるのでは、と思っています。1軒の薬局だけではできることに限りがありますが、業界全体で仕組みを作り、「患者起点」の情報をきちんと集める。そういうムーブメントを作ることが、薬局業界全体の地位の向上にもつながるのではないでしょうか。
「患者起点」であることが重要ということですね。
- 多湖 氏:
- はい。近年は患者さんと薬局とのコミュニケーションにおけるデジタル化が進んできて、システム開発側の薬局に対するサービス競争の中で色々なものが乱立しています。そしてそれぞれが患者さんを抱え込もうとすることで、情報が分断される形になり、患者さん自身が情報を管理・コントロールできなくなっています。それを乗り越えるためには、患者さんを中心に置くしかありません。これは従来の「顧客を囲い込む」発想とは正反対の構図ですから、個々の薬局が考え方を変える必要があります。それは、今まで誰もやってこなかったことを我々がやる、ということでもあります。
新会社のビジョンとして、「すべての人が健康を自ら選択できる社会を実現する」という言葉を掲げておられます。
- 多湖 氏:
- すべての人が健康を自ら選択できるようになるには、判断材料としての情報がなければなりませんし、その情報は患者起点で、きちんと集約されている必要があります。我々はそれを薬局から始めるわけですが、将来的には薬局だけではなくクリニックやデイサービスなど各施設がつながるためのインフラにしたいと考えています。そうした、患者さんや家族、さまざまな医療職・介護職が無理なくつながり、医療と生活の垣根をなくすようなインフラは、LINEでなければ構築できないのでは、と思いますね。
その目標実現のために、デジタルシフトを活用される、と。
- 多湖 氏:
- そうですね。それは社会全体のニーズでもあるので、きちんとしたソリューションを提供できればガラッと変わるチャンスがあると思います。それと、「医療だから仕方がない」と患者さんが諦める状況をとにかく無くしたいですね。例えば、病院で聞かれたことをもう1回、薬局で一から聞かれ直すとか、そういうことを無くしたい。我々のサービスでは問診の結果を保存し、このサービスを使っている他の薬局で再利用することができるようにします。スマホを持っている人だったら普通にやっていることが、医療にかかわる場面では急にできなくなることが多い。でもそれっておかしいと思うんです。そういうものを一つひとつ突破して、普段の生活と医療の垣根をなくしたいんです。
それが実現すれば、地域医療を支えるインフラになっていきそうですね。
- 多湖 氏:
- はい。薬局業界以外にも広げていくことでLINEを通じた一連の流れが一気通貫に繋がっていく、そういう世界を作りたいと思っています。将来的には、医療従事者を対象にしたLINEサービスへの広がり、あるいは友だち登録をしてくださった方々に直接サービスを提供していくことも考えていきたいですが、まずはやっぱりインフラとして、薬局の横の広がり、そして薬局と他の医療職との接点を面で広げていくという部分を一生懸命やりたいです。
今回の事業は薬局を対象とした新ビジネスと捉えられるかもしれませんが、私たちとしては、お金儲けはあまり考えてはいません。特別なサービスを目指すのではなく、医療の現場で「これ便利だね」と言ってもらえる、自然に受け入れられるサービスにしたい。デジタル時代の正しい未来に向かって、薬局の方々や患者さんがシンプルに、気持ちよく過ごせるよう真剣に取り組んでいきたいと思います。
「あなたのかかりつけ薬局」運営会社:(株)ファーマシフト
プロフィール
1997年4月(株)日本興業銀行(現(株)みずほ銀行)入社、2002年4月よりみずほ証券(株)。2015年9月にメディカルシステムネットワークに入社し、翌2016年1月から経営企画部長。2017年6月から執行役員経営企画部長、同年10月から経営戦略本部長に就任(現任)。2019年6月に取締役就任(現任)、給食事業管掌(現任)。2020年10月より、(株)ファーマシフト代表取締役社長(現任)